『初陣』 その1

 好き勝手スペオペ第一弾。
 ガンヲタミリヲタ兼務者以外置いてけぼり小説。はじまりはじまり~♪

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 暗闇の中にぼうと薄明るく光が浮かび上がる。
 やがてその光が形を帯び、ジロー・イマキ飛宙曹の目の前に計器が表れる。
「起動システム、・・・・・・オールグリーン。メインカメラ、・・・・・・コネクト」
 視界が開ける。
 いや、視界といえるほどのものではない。目の前のメインディスプレーに浮かび上がる像は、そこが薄暗い宇宙船内であることを物語っている。
『イマキ飛宙曹。一番カタパルトへ』
 無線の音声にジローは身じろぎする。突然の声に驚いたのだ。
 頭が正気に戻る。
 けたたましく鳴り響く出撃のサイレン音。微かに伝わるジェネレーターの振動。コクピットに座っているだけなのに自分の激しい動悸が聞こえる。呼吸が苦しい、激しく息をつく。張り詰めるような緊張。
『ジロー。何やってる、一番カタパルトだぞ』
 先程とは別の声が無線に入る。メインディスプレーの隅に戦闘用宇宙服をまとった男の顔が映し出された。ヘルメットの奥のその顔は一瞬面食らったような表情を見せた。
『おいジロー。コクピットカメラが入ってないぜ、お前の顔が見えないぞ』
「す、すいません!」ジローは焦って、手元のスイッチに手を伸ばす。「こ、コレでどうですか、曹長
『まったくもって、・・・・・・先が思いやられるぜ』
 ディスプレーの男、ジョセフ・クランツ曹長は半ば呆れ顔で笑って見せた。
『よーっし、シケたいい面だ。気負いすぎだ。その調子だとカタパルトですっころんでお前の初陣は晴れてオジャンだな』
「す、すいません!」
 恐縮して謝罪するジローに、ジョセフは笑いで答えた。
『いいよ、謝まるな。緊張すんのは分かる。難しいことは考えるな。誰もお前に作戦どうのこうのなんて望んじゃいないよ』
 意外な言葉だった。
「え?」
『お前の仕事は簡単だ。あのカタパルトから出撃して、あとは生きて帰る。それだけだ』
「・・・・・・・はい」
 ジローは戸惑いながらも返事を返す。ジョセフは続けた。
『初陣の一兵卒にハナからだれも期待しちゃあいないさ。お前は訓練でやった通りの事をやって実戦って奴を経験して戻ってくる。それだけでいい。後は全部俺がフォローする。経験することが重要なんだよ。だから気にするな、そんなに気負うな』
 ジョセフはディスプレー越しにウインクしてよこした。ジローはその表情に少し救われたような気がした。
 曹長が僚機で良かった・・・・・・。ジローはそんなことを考えながらコントロールレバーを握りなおした。
 格納庫内の巨大な電光掲示板に『1』の文字が明滅する。
 ジローはそこへと、自分の操るアサルトマシーン、AM〇一a-〇『バサースト』の巨体を誘導した。
 人型のそれは全長七メートル。重量一〇トンを超える巨大な積層装甲の塊。人類が未だ地上を這いつくばっていたころ、その地を駆ける戦場の相棒、馬が宇宙に蘇ったようなものだ。この宇宙時代、戦士たちはアサルトマシーンと呼ばれる人型をした巨大な戦闘機械を駆り、戦場を馳せる。
 ジローは『バサースト』という名を持った機械の相棒を操り、今、戦場へ飛びたたんとしていた。
 ジローのバサーストは明滅する『1』の前に立つ。すると鈍い動作音とともに目の前のハッチが開いた。ジローのヘルメットに再びオペレーターの無線が入る。
『進入してください。宇宙機動ユニットを装着いたします』
 ジローはコントロールレバーを操り、指示に従ってハッチの中へ機体を進入させる。そこはアサルトマシーン用のユニット装着区画。ジローはバサーストの脚部を床面にある指定マウントに乗せた。同時に重量感のある金属音を響かせ、脚部がマウントに固定される。
『固着確認。ユニット換装開始いたします』
 その言葉と同時に壁面のアームがいっせいに動き出す。ジローはバサーストの両腕を水平に広げさせる。するとそれを待ち構えていたかのようにその胸部、腕部、脚部へ次から次へとスラスターユニットが装着されていった。
『装着完了。コンタクト、確認してください』
 指示と同時にジローは手元のディスプレイパネルを確認する。これまでの訓練で幾度となく繰り返したプロセスだ。目を落とした先にあるパネルにはグリーンに明滅する『ALL READY』の文字。
「スラスターユニット接続確認。スタンバイ、OK」
『了解、確認いたしました。エレベータ、稼動いたします』
 ゴゥンと鈍い音がして床面が軽く振動する。バサーストを乗せたエレベータが上昇を始めた。ディスプレー越しに、目の前の壁が下がっていく。そしてものの一〇秒もしないうち、エレベータはそこへジローと、彼を乗せたバサーストを誘った。
 今までよりも暗い空間。しかし、それとは対照的にまぶしく輝く赤いラインがバサーストの足元から視界の先へとまっすぐに伸びている。そしてその視界の先に、小さく覗く星海。
 ここは射出カタパルト。
『ラウンチングマウント、カタパルトへ移行します』
 再び小さな振動とともに、バサーストの脚部を固定するマウントが前方へゆっくり移動する。
『カタパルト、装填完了いたしました。クラウチング、どうぞ』
 バサーストはこれからの衝撃を見通すかのように腰を落とし、前を見据える。ジローは答えた。
クラウチング、チェック、射出どうぞ」
『メインスラスター、スタート。秒読み開始。三秒前、二、一・・・・・・』
 バックパックのメインスラスターに火が入る。
『射出!』
 同時に鳴るブザー。まっすぐに伸びたラインの色が赤から青へ。その瞬間、ジローを凄まじいGが襲った。
「くっ!」
 ジローがうめき声を上げる間にバサーストはものすごいスピードで青いラインの上を猛進する。小さかった星海がみるみると拡がる。ガンッと激しい振動と共に火花が上がった。脚部のマウントが外れたその瞬間、ジローは宇宙空間へ文字通り放り出された。
 傾こうとする機体にジローは微調整を加える。『簡単だ』自分にそう言い聞かせる。同じような射出は訓練で何十回と経験した。機体の姿勢を立て直し計器類を確認する。
「姿勢制御、良好。航路チャート異常なし。集合フェイズに移行する」
『了解した。イマキ飛宙曹。幸運を』
「ありがとう『ネクタリス』。オーバー」
 ジローのバサーストは後ろを一瞥する。今、飛び立ったはずの母艦『ネクタリス』がどんどん遠ざかっていく。
 前を向く。
 壮観な眺めだった。
 数多の星の輝く星海。だが、更にそれを覆いつくすかのように展開される灰白色の航宙艦群。
 地球圏最強を自負する同盟艦隊。その最精鋭である第一機動艦隊群であった。
 発光信号が至る所で明滅し、いくつかの航宙母艦から青白いスラスターの尾を引いて攻撃艇が同時に出撃しつつある。

 目の前には一際巨大な航宙母艦。第一機動艦隊旗艦、ネクタリス級二番艦『インブリウム』。
 その直上で太陽の光をさえぎっているのはクリシウム級航宙母艦『クリシウム』『オリエンタレ』。二隻は『インブリウム』に巨大な影を落としながら左右に並び、攻撃艇を吐き出し続けている。
 それら航宙母艦三隻を囲むように上下にはタウルス級戦艦『タウルス』『ホイヘンス』左右にはヴォルフ級戦艦『ヴォルフ』『ライール』。
 更にそれらを護衛するかのようにマクレア級、コプフ級、タルティウス級巡航艦一二隻が三隻ずつ横列陣を組み、前方を固めているのが伺える。
 艦隊の先鋒で展開するのは、キャベンディッシュ級一四隻、フラムスチード級五隻、ライヘンバッハ級、カーマイケル級各三隻からなるミサイル雷撃艦群、計二五隻。五隻ずつ、まるで弓につがえた矢のごとく縦列陣を組む様相は、今にも出されんとする突撃命令を待ちわびているかのようだ。
 『ネクタリス』の後方には殿の巡航艦群と任務を終えた強行偵察艦、そして戦艦『アルゲウス』が控えているはずだ。
 更にその後方には支援輸送艦、補給艦、病院船一五隻が展開している。
 総勢六九隻を数える大艦隊だった。

 戦争が、始まろうとしている。

 自分はこれからその戦場へ向かう。戦いの中に放り出される……。
 ジローは胸を締め付ける緊張感を噛み殺しながらインブリウムを脇目にし、護衛巡航艦群、ミサイル雷撃艦群を後方より追い抜く。
 そして拡がるのは星の海。その視界の隅に浮かぶサッカーボールほどの大きさで輝く青い天体。地球。
 ジローは地球のブルーを一瞥すると、コントロールレバーを倒し、予定集結地点へと機体を向けた。