『初陣』 その2

 ―――第一機動艦隊旗艦インブリウムよりの通信。
『第二次攻撃隊各機へ、第二次攻撃隊各機へ・・・・・・。第一次攻撃隊による攻撃は概ね成功するも、ネプチューンベース第三、第九、第二三埠頭の封鎖には至らなかった模様。一部敵艦隊の出撃が予想される。これにより攻撃プランAよりプランCへと移行する。注意されたし。繰り返す……』
『概ね成功?』無線がジローのヘルメットに伝わることもお構いなしにジョセフ・クランツ曹長がひとりごちた。『敵艦隊が出てくるのか?』
 と、同時に中隊長機からの指示が飛んだ。
『メアーズだ。各機今の報告は聞いただろう。プランAよりプランCへ移行だ。内容はブリーフィングの通り、今の内に端末で確認して頭の中に叩き込んでおけ』
 ついで小隊長機からの無線が入る。
『サエキです。みんな、プランCへ移行よ。私たちC小隊の任務に関しては引き続き攻撃艇二個小隊の護衛。プランAと変わらないわ』
『相変わらず相棒(攻撃艇)にくっついていくだけ。近づく蠅は叩き落せってことかい・・・・・・』
 ジョセフがその場に似つかわしくない口調で軽口をたたく。
『そうよ、第一二から第一七埠頭の封鎖には成功しているようだから私たちの持分に変更はないわ』
『あいよ、りょーかい。ジロー、そーいうわけだから面倒なことは考えなくていいぞ。引き続き俺についてくるよーに』
「はい」とジローは生真面目に返事を返す。
 緊張のあまり無線の内容の半分も理解できない。何がおきているんだ? どうなっている? 耳を傾けようとするがそれが頭の中にまで入ってこない。それが更に自分を不安にさせた。
『とにかく曹長についていけばいいんだ』ジローはそう自分に言い聞かせ、余計な不安を振り払った。
『第三埠頭が残ったのは痛いですな』重々しい口調でつぶやくのは小隊最古参のロボス・コーネフ軍曹だった。『航宙母艦が出撃してきます。アサルト・マシーンを吐き出してきますよ』
『確かに、軍曹の言う通りね。絶対に出撃してくるとは限らないけど、もしそうなれば迎撃のAM(アサルトマシーン)が当初の予想より多く出てくる。油断はできないわ。各機、それに気をつけて。ネプチューンベースに近づいたら警戒を今まで以上に怠らないように』
 小隊長のニニー・サエキ少尉以下、C小隊六機はサエキ少尉機を先頭に楔型編隊を組んでいる。その末端に付き従い、ジローのバサーストは前方を見据える。正面で未だケシ粒のように浮かぶ小惑星。それが作戦目標、地球連合政府、通称ユニオンの宇宙軍一大軍事拠点、ネプチューンベースだった。


「コイツは完全な奇襲作戦になる。我々同盟軍が一方的にユニオンを蹂躙する展開になるだろう」
 中隊長のゲイリー・メアーズ大尉はそう言って壁のホワイトボードをどんと叩いた。
「我々第一中隊のバサースト隊は全機、第二次攻撃隊として攻撃艇の護衛に回る。敵の迎撃AMが上がってきたらそいつを落とす」
 ブリーフィングルームにはゲイリーを含めた中隊員二四名が一堂に会していた。
「何か質問のあるものは?」
 ゲイリーがどんぐり眼でぎょろりと一堂を見渡す。一人の若い女性士官が手を上げた。
「ああっと、君は新任の・・・・・・」
「サエキ、ニニー・サエキ少尉であります」
 ニニー・サエキ少尉は敬礼して返す。
「失礼した。では、サエキ少尉」
 大尉はそう名前を呼んで彼女を指差した。
「大尉、敵AMの迎撃がなかった場合、もしくは著しく少数だった場合は我々も拠点攻撃に参加することになるのでしょうか」
 その質問にゲイリーは頷きながら答える。
「無論、そうなれば我々バサースト隊も拠点攻撃に参加する。そのあたりの状況はプランBに詳しいが・・・・・・、今回は全機対AM戦闘装備での出撃になる。あまり効果的な打撃は期待できんだろうな。・・・・・・・だが、それよりも」そう口ごもり手元の資料をぱらぱらとやる。「我々はあくまで『第二次』攻撃隊だ。最初の第一波を受けて敵も基地からAMを繰り出し防御を固めてくる可能性のほうが高いだろう。しかもこちらの都合よく第一次攻撃隊が全攻撃目標を達成できるという確証はどこにもない。敵基地の規模を考えれば十分考えうる事態だ。第一波攻撃で敵を港湾内に閉じ込めることができなければ・・・・・・」
「展開した敵艦隊と一戦交える可能性もあると?」
 ニニーは眉間にしわを寄せる。
「そうだ」ゲイリーは資料をパンと叩いた。「一部の埠頭から敵艦が出撃してくる事態は想定せざるを得ないだろう。しかも航宙母艦・・・・・・例えば『ドニエプル』辺りが繰り出してくればそいつから出て来る敵AMとの激しい交戦も予想される」
 その言葉が発せられた瞬間、一堂に軽い緊張が走る。
「だが・・・・・・」そう前置きをおき、ゲイリーはニヤリと笑みを浮かべてみせた。「そのためのバサーストだ。今回この新型機が間に合ったのは我々と、同じく第二次攻撃隊に参加する第二中隊。あわせて四八機。今回の戦闘ではよもや数において敵に負けるとは思わないが、性能面でもこちらが圧倒的優位にある。バサーストの優位性については各々シュミレーションで認識済みだろう。余程のヘマがなければやられることはない。だからこそ、敵の反撃が激しくなる第二次攻撃には我々が随行するのだ。今回重要なのは・・・・・・」


「余程のヘマがなければ、・・・・・・か」
 昨日のブリーフィング内容を反芻する。
 ジローはゲイリーの言葉を噛み締めながら、憂鬱げに小さく呟いた。
 突然、メインディスプレーの隅にヘルメット姿の少女の顔が映し出される。
『ジロー、あんたねぇ・・・・・・』
 少女はあきれたような顔でジローを見つめた。
「わぁっ、リィナか。・・・・・・なんか用かよ」
『『なんか用かよ』じゃないわよ、無線回線開いたまんま独り言なんて言わないでよ。こっちがびっくりするじゃない』
 彼女の名はリィナ・サラザン。ジローと同じ小隊のメンバーだ。階級、年齢ともジローと一緒。ということでそれなりに仲良くやっている。今のところ小隊の中で一番気の置けない仲間だ。 
「ええ? うそ、回線開いてた?」
『ばっちり丸聞こえよ』
「うう・・・・・・」
 どうやら目の前の機体操作に没頭しすぎて無線通信の発信回線をオフにしておくのを忘れていたようだ。
『あんたの気の抜けたみたいな声聞いてこっちの集中が途切れちゃったじゃない、どうしてくれるのよ』
「わかった・・・・・・、気をつけるよ」
『気をつけるってあんたねぇ・・・・・・』
『二人とも、やめろ』
 二人の通信に割って入ったのはリィナの僚機、フェリペ・トゥエロ伍長だった。
『これから戦闘だ、余計な私語で気を散らすな』
 もっともな指摘に、二人はしょんぼり口を閉ざす。ジローはディスプレー越しに恨めしそうな視線をリィナに返した。リィナはリィナでべぇと舌を出してお返しする。それと同時にディスプレーに表示された通信回線は途切れた。
「まったくもう・・・・・・。何だって言うんだよ」
 ジローは今度こそ発信回線が切れていることを確認しながら、つっかかってきたリィナに悪態をついた。
 ピッと小さな発信音がして、今度は個人回線のメールが入る。リィナからだ。ディスプレーの隅に内容が小さく映し出される。
『絶対、生きて帰ろうね』
 少しの間、ジローは文面を眺め続ける。
「・・・・・・」
 彼女も不安なのだ。
 怖いのは誰もが一緒。自分だけではない。
 みんながこの緊張感を共有している。
 少しだけ勇気付けられたような気がした。
「やってやるさ・・・・・・」
 ジローは小さく息をついてメールのウィンドウを閉じる。いつの間にか、自分でも気づかないような、かすかな笑みを浮かべていた。