『初陣』 その3

 全長二〇キロメートル。岩石に覆われた『く』の字型の小惑星
 それがユニオンの宇宙軍基地、ネプチューンベースだった。
 ネプチューンベースはユニオン宇宙軍の総司令部であると同時に宇宙軍艦隊の母港である。ユニオンにとっては月へといたる地球圏全域へと目を光らす宇宙戦略の要ともいえる要塞だった。
 小惑星の表面にはハリネズミのように防御砲台が築かれ、その隙間を縫うように大小あわせて三二の穴が穿たれている。
 その穴の一つ一つが航宙艦船の埠頭となっておりユニオン宇宙軍艦隊全軍の三分の二がその埠頭の中に飲み込まれていた。
 ジローは目の前でみるみる大きくなってゆく小惑星を見つめる。
 所々で小さな爆発が見える。第一次攻撃隊の成果だ。攻撃から三〇分程が経過しているはずだ。多くの防御砲台や埠頭は今も数箇所で攻撃による誘爆を起こしていた。
『よし、ジロー! 敵さんのお出ましだ!』
 ジョセフの威勢のいい呼び声が響く。
『散開!! 敵AMを攻撃艇に近づけないで!!』
 ニニーもそれに続いた。
「ど、どこだ」
 ジローは焦った。未だ見敵はしていない。警戒は怠ってはいないものの、わからない。どこから攻撃されるのか。
「そ、曹長!!」
『いいから黙って俺について来い!!』
 ジョセフのバサーストがフルブラストで加速する。ジローは必死について行った。
『一時の方向、下、六機だ』
 ジョセフの言葉に初めてジローは見敵する。確かに光点が六つ。確認した瞬間、それらがメインディスプレーにアップで映し出される。熱紋照合。敵AM、F-〇三F『ハウンド』。
「あっ」
 その敵、ハウンド六機は瞬く間に散開する。ジョセフはすでに狙いを定めていたようだ。その中の一機に攻撃の矛先を向けた。
『警戒、怠るな!』
 ジョセフの指示が飛ぶ。僚機にはそれぞれ役割が決まっている。攻撃は『フォワード』ジョセフの役目。周辺を警戒し、攻撃中の曹長機を守るのが『サポート』ジローの役目だった。
「了解!」
 ジローは必死の形相で答えた。接敵だ! ジローの中で緊張感が炸裂する。後頭部がちりちりと痛む。
『よーっし、今仕留めてやるからなあ・・・・・・』
 獲物に狙いを定めるジョセフ。それになんとか食い下がりながらジローは激しく身体を動かしディスプレーに映し出される周囲を前、後ろ、左右、上下と監視する。AMは宇宙戦闘時は必ず二機一組で行動する。曹長が狙う敵をサポートするハウンドがもう一機いるはずだ。
 欺瞞技術が著しく向上したこの時代、レーダーなどの電波兵器による警戒など何の意味も成さない。熱紋探知も敵味方激しく入り乱れるドッグファイトの中では混乱するだけだ。信用できるのは己の双眸に焼きつく像のみ。
 小隊各機の無線内容が全てジローの耳に飛び込んでいた。
『上方から二機突入してくる』
『私と軍曹で行くわ! トゥエロ伍長は一時の二機を!』
『了解! 追い払います。リィナ、遅れるな!』
『りょ、了解!』
『敵の数はこちらと同じよ、油断しなければ大丈夫!』
『オッケーです。バサーストの力を見せてやりましょう』
『よおし、いい子だ、そこから動くなよぉ・・・・・・』
 ジョセフの三〇ミリアサルトライフルが火を噴いた。曳光弾の光点が一斉に敵ハウンドへと襲い掛かる。小さな爆発が起きた。右足を失ったハウンドが錐揉み状に吹き飛んでゆく。
『ビンゴ!!』
 錐揉み状に吹き飛んだ敵機は再び体勢を立て直すとその場を逃げ出した。
「クランツ曹長! 敵機が! 追撃を!」
『馬鹿! そんな奴相手にするな。奴さん二機で連れ立って逃げていきやがる。攻撃艇の護衛が優先だ!!』
「はいっ!」
『よし、ジロー! 小隊長殿に助太刀だ!』
「了解です!」
 直上で小隊長機と僚機のロボス・コーネフ軍曹機がハウンド二機と激しく遣り合っている。ジローがそれを確認した瞬間、敵機の片割れが爆散した。
『ヒュ~ッ! 小隊長殿もなかなかやるなぁ。いきなり一機撃墜かよ』
「小隊長・・・・・・」
 ジローの頭にニニーの顔が浮かぶ。彼女の攻撃でハウンドは爆散したようだ。聞けば彼女も初陣らしい。自分は何が何だか状況を理解するだけで四苦八苦しているのに比べて、彼女はまるでベテランのようだ。自分とは何が違うのだろうか・・・・・・。
『ジロー! ぼやぼやするな! 次はトゥエロの援護だ!』
 間髪入れずにジョセフの指示が飛ぶ。
『ほらッ! 一時方向チョイ下! 行くぞ!』
 そういうか言わない内に曹長のバサーストはそこへ向かっていた。遅れまいとジローも追い縋る。
『やばいぞ! リィナが狙われてる!』
 敵機を狙うフェリペ・トゥエロ伍長機を援護するリィナ機を更に別のハウンドが追っていた。
「リィナ! 後ろ!」
 おわもずジローも叫ぶ。
『分かってるわよ!!』
 リィナがそう返した瞬間。彼女を狙ったハウンドの携行する五〇ミリ機関砲が火を噴く。敵弾の雨がリィナ機を襲った。間一髪、リィナ機は急機動でその敵弾をかわす。
『よくも・・・・・・!』
 リィナ機は上体だけを敵機にむけライフルの三〇ミリ砲で応戦する。射線がうまく敵の進路に入った。その弾丸のほとんどが敵機へ吸い込まれてゆく。閃光が上がった。
 敵ハウンドが爆散した瞬間だった。
『やった!!』
 同時に上方からの敵機を追い払ったニニーとロボスも攻撃に加わる。六対一の状況に残ったハウンドは成す術なく逃げ出すほかなかった。
「凄いじゃないかリィナ!!」
 ジローは機体をリィナ機に寄せる。
『ヤッホー、ジロー』
「いきなり一機撃墜だよ! しかも初陣で! 普通じゃありえないって! すごいすごい!」
 興奮してまくし立てるジローにリィナは少し照れてみせる。
『たまたまよ、まぐれ当たりしただけ・・・・・・、ジローも無事?』
「俺もピンピンしてるよ!」
『じゃあ、次もこの調子でいけるわよね』
「きっといけるさ!」
 二人のバサーストはその場でハイタッチして互いを祝福した。
『小隊長とあわせて二機撃墜とは、こいつは幸先いいスタートだねぇ』
 撃墜することは逃してしまったジョセフも笑っているようだ。
『みんな、よくやったわ。とりあえず今回は追い払ったみたいね。でも敵の攻撃はまだまだ続くわよ。引き続き護衛に戻りましょう!』
 ニニーの声が全員に届く。小隊全員が『了解』と応答し、再び所定の攻撃艇護衛位置へと戻っていった。
 生まれて初めての戦闘とその勝利。ジローの胸を締め付けるような緊張感はいつの間にか胸を昂ぶらせる高揚感に変わっている。小隊内にも同じような雰囲気が流れていた。仲間と共有できる意識。ジローはつかの間の陶酔に身を委ねた。