『初陣』 その4

『ここまで無傷だったのも君らのおかげだ』
『護衛に感謝する。幸運を祈っていてくれ』
 攻撃艇二個小隊からの通信が入る。
 ネプチューンベースの巨大な岩塊が目の前に迫っていた。
 これから攻撃艇部隊が基地埠頭攻撃へと突入するのだ。埠頭への突入は第一次攻撃隊による攻撃で散発的になった、基地防衛砲台からの阻止攻撃が予想される。艦艇、および要塞攻撃装備を持たないバサースト隊は無駄な出血を抑えるためにも、防衛砲台射程外へ離脱することとなる。
 あれから数度の小規模な戦闘を経て敵AM網の突破は果たした。この調子でいけば残すは攻撃艇が埠頭攻撃を首尾よく成し遂げるだけである。攻撃艇が戻り次第、帰投だ。
 先攻していた攻撃艇第二中隊の四個小隊が既に第六から第一一埠頭への攻撃に成功していた。埠頭に係留されていたはずの戦艦、巡航艦群は逃げ出す暇も無く撃沈されたことだろう。
 ニニー・サエキ少尉の指揮するバサースト第一中隊C小隊が護衛していた攻撃艇二個小隊は第一二埠頭から第一七埠頭までを攻撃目標としていた。首尾よく進めば埠頭内のミサイル雷撃艦を全滅させ、そのまま戻ってくるはずだ。
 今しがた、直前に突入した別の攻撃艇部隊は第一から第五までの航宙母艦、戦艦群を係留している埠頭を目標に突入していった。それらも首尾よく・・・・・・。
 あちこちで火の手を上げる要塞、ネプチューンベースを視界に収めながら、だがしかしニニーは背筋にじわりとくる、一瞬嫌な予感に襲われた。
 事前にあったインブリウムからの通信。第一次攻撃隊の攻撃は概ね成功したとはいえ、第三埠頭の封鎖には失敗している。事前情報では第三埠頭に係留されているのは航宙母艦『ドニエプル』。
 もし、今『ドニエプル』に出てこられたら・・・・・・。あまつさえ、『ドニエプル』艦載のハウンド隊に迎撃されでもしたら・・・・・・。
 攻撃艇部隊はひとたまりもない。
 そう思った瞬間。ネプチューンベース、第三埠頭より突如、陽電子砲の熱線が放たれ宇宙空間を劈いた。
「艦砲射撃!」
 ニニーが叫ぶ。その時にはもう彼女は全てを理解していた。
「小隊各機! 基地へ突入します! ついて来て!!」
 そう指示を飛ばしたのと同時だった。熱線を放射した第三埠頭よりハウンド隊が一斉に吐き出される。
 先攻したニニーのバサーストに分けも分からず付き従ったジロー達も、その時全てを理解した。第三埠頭は封鎖されなかっただけでなく、無傷で生きていたのだ。そして待ち構えている。攻撃艇部隊を返り討ちにしてしまおうと。
 突入を開始した攻撃艇部隊はもはや引き返したところで手遅れである。強引に突破するしかない。前方には、少なくとも二〇機はいるか、敵ハウンド隊による防衛網が構築されようとしていた。要塞からの防御砲火も一際激しさを増す。
 防御砲火にさらされるのはニニーのバサースト隊も一緒だ。ビームと銃弾の嵐にジョセフが悲鳴を漏らす。
『ひぃ~っ! コイツぁたまらん! 食らえば一発でお陀仏だぜ!?』
「全速でハウンド隊に突っ込むのよ! そうすれば基地砲台も撃ってはこれないわ!」
『基地砲台に蜂の巣にされるのがいいんだか、ハウンドにタコ殴りにされるのがいいんだか・・・・・・』
「反撃できる分、ハウンドと遣り合った方が少しはマシでしょ!?」
 ニニーが叫んでいる間に、遅ればせながら他のバサースト隊も事態を把握した。ゲイリー・メアーズ大尉の号令の下、一斉に突撃にかかる。
『犬どもを叩き落せ!! 攻撃艇部隊を守るんだ!!』
 事態は混乱を極めた。
 まず、突出した第三埠頭攻撃隊がすべからくハウンド隊に落とされた。それを平らげた後、他の攻撃艇部隊を仕留めにかかる。その時だった。敵ハウンド隊にニニーのC小隊が文字通り突撃する。
『いいかジロー! 絶対にまっすぐには飛ぶな! 無理に落とそうともするな! 撃ちまくりながら逃げ回れ! 撹乱するんだ!!』 
 少しの間とはいえ、ゲイリー指揮のバサースト隊が間に合うまで六機で二〇機以上の敵を相手にするのだ。正気の沙汰とも思えない。ジローは緊張とも高揚とも分からない感覚に混乱しながらただジョセフの指示を遂行する。上下左右、どこを見回しても敵だらけ、更には埠頭より『ドニエプル』がその巨体を現しつつある。
「クソーッ! クソーッ! クソーッ!!」
 ジローはわけも分からず撃ちまくった。敵の注意を攻撃艇から何とかこちらに逸らさねければならない。前方をトリッキーな動きで飛び回るジョセフ機に必死で食らいつく。
 ジョセフは冷静だった。敵の照準が自分を狙っていない隙を狙っては攻撃艇を狙う敵ハウンドに攻撃を仕掛ける。いかに多勢とはいえ、敵も反撃を受けてはそう簡単に攻撃艇へは手を出せない。敵部隊の何機かは攻撃を断念したようだった。
 しかし、数が違う、埠頭攻撃へ向かう攻撃艇は混乱から抜け出したハウンド隊に、一機、また一機と仕留められつつある。
 その時だった。
『突入しろ!!』
 ゲイリーの率いるバサースト隊一八機が乱戦の中へとなだれ込む。一気に形成は逆転した。
 数で圧倒されたハウンド隊は今度こそ攻撃艇を撃破するどころではない。逃げ回る側へ立場が逆転する。その間隙を縫って、攻撃艇部隊はついにその防御網を突破した。
 敵埠頭へと突入する攻撃艇部隊。埠頭内で立ち往生する戦艦群を発見するや否や虎の子の対艦ミサイルを至近距離で発射する。
 火の手が上がった。次から次へ、命中したミサイルは分厚い戦艦の装甲を貫き、内部で次々と誘爆を起こす。
 投弾を終えた攻撃艇部隊は命中を確認するや否や機体を翻し、埠頭より脱出。未だ敵味方入り乱れるAM同士のドッグファイトを掻き分け、戦場から離脱した。
 AM同士の乱戦の中心を掻き分けるかのように埠頭から出航したユニオン軍航宙母艦『ドニエプル』が割って入る。ドニエプルはその乱戦の中、対AM防御砲撃を始めた。敵も必死だ。味方のハウンド隊を援護するつもりなのだろう。
 ドニエプルを何とかせねばならない。だが、それを攻撃するはずの攻撃艇部隊は先の突撃で全滅していた。どうすることも出来ない。
 攻撃は終了したのだ。もはやニニーたちバサースト隊の役目も終わりである。
『撤退だ!! 引け!!』ゲイリーの指示が飛ぶ。『クソッタレ!! あちらさんの戦艦もお出ましだ!!』
 第二三埠頭の攻撃も失敗に終わったらしい。埠頭から巨体を現しつつあるのはユニオンの戦艦『ウランバートル』。攻撃隊の攻撃を受け数箇所で火災が発生しているようだったが、どれも致命的なものではないらしい。
『攻撃艇部隊は全機帰投した。我々もいったん帰投する!! 各機、敵の防御放火に注意しつつ撤退せよ!!』
 中隊長の指示を受け、バサースト隊各機は戦闘を切り上げ、各々戦場から離脱する。
『サエキよ。集結地点はB-四〇三-六。みんな、全員無事ね』
 全員が自分の無事を伝えた。ジローも返事を返し、一つ大きく息をついた。
 死ぬかと思った・・・・・・。そんなことを考えながら後にした戦場へ一瞥をくれる。もはやネプチューンベースの防御砲台の射程からは逃れている。敵も生き残ったハウンド隊をドニエプルに収容しているはずだった。そのドニエプルの向こう側に位置する戦艦ウランバートルからその時、大きな光点が光る。ジローはそれを・・・・・・。
「隊長!! 艦砲射撃です!!」
 ゲイリーも同時に叫んでいた。
『各機!! 散開しろ!!』
 その叫びに各機が反応した瞬間。中隊をウランバートル陽電子砲が貫いた。逃げ遅れた数機がそれに巻き込まれる。一瞬の出来事だった。
 陽電子の帯が霧散する。その後には何も残されてはいなかった。
『トゥエロ伍長ーッ!!』
 リィナの悲鳴のような叫びが耳を劈く。
 逃げ遅れた機体は既に蒸発し、もはや跡形もない。
 部隊の中を一瞬の静寂が流れた。
 その光帯に複数が巻き込まれていた。消えたものはもう、どうすることもできない。
『各小隊、損害を報告せよ』
 感情を押し殺した低い声でゲイリーは呼びかける。
『A小隊、小隊長機を含む二機やられました・・・・・・』
『B小隊、小破一です』
『・・・・・・』
 ニニーは一瞬、返答できなかった。
『サエキ少尉。C小隊、報告を』
 うながされ、うめくような声で答える。
「C小隊、一機失いました。フェリペ・トゥエロ伍長です・・・・・・」
 小隊に重苦しい空気が流れる。リィナが震える声を搾り出す。
『そんな、今の今まで、そこにいたんですよ?』
『リィナ・・・・・・。伍長は戦死したんだ』ロボス・コーネフ軍曹だった。『敵戦艦の艦砲射撃にて戦死・・・・・・だ』
 ジローは未だ事態を完全には飲み込むことができずにいた。
 いや、事実そのものは彼にだってわかっている。仲間が一人死んだ。
 彼は宇宙の星屑と同じ運命をたどったのだ。
 トゥエロ伍長がいなくなったというのはどういうことなんだろう。今の今までそばにいた人間が消えてしまうなんて……。
 ジローは言いようのない混乱に支配された。
 だが、始まってしまった戦争の中で、ジローにとってそれは最初の一人に過ぎないということまでは想像し得なかったのだった。



 戦艦群の艦砲射撃がネプチューンベースを襲う。その砲火の激しさは小惑星の形を変えるかと思わせる程だった。
 ジローはパイロットの控え室の小さな窓からその様子を伺う。小脇にヘルメットを抱え、もう既に出撃準備は整っている。
 出撃準備。
 激しい戦闘を潜り抜け、仲間を一人失った。人が一人死んだのだ。なのに自分はもう次の戦いへの備えを終えている。
 戦闘から帰ってきた彼らがするべきことは死者を悼むことではなかった。
「ジロー。そろそろ行くわよ」
 壁に寄りかかり、ぼんやりと外を眺めるジローに誰かが声をかける。リィナだった。
「リィナはもう行くのかい?」
 外を眺めたまま呟く様にジローが返す。戦死したフェリペ・トゥエロ伍長のサポートだったリィナは疲れきったような表情でため息をついた。
「行かなくても・・・・・・いいの?」
 沈黙が流れる。長い沈黙だった。
「・・・・・・いや、行く」
 ジローは決心したかのようにリィナを見つめる。リィナは泣き腫らしたかのような真っ赤な目をしていた。
「トゥエロ伍長の仇をとろう」
 そう言ってジローはリィナの傍らを通り過ぎた。すれ違いざま、慰めるように彼女の肩をぽんとやる。
 リィナはジローの手をつかもうとしたがそれを果たせず、彼の感触の残る自分の肩を抱いた。
 振り向いて彼の後を追う。
 これから決行される作戦の状況がいやおうなしに彼女の頭の中を行き交う。
 本当は死んでしまった人のことを悼む時なのでは? 当然の感傷すら許されない状況に投げ込まれた自分。戸惑いと共に言いようの知れない恐ろしさに襲われて彼女は小さく震えた。
「遅いわよ! 二人とも!!」
 ニニーの叱責が飛ぶ。AM格納庫へ向かう通路の一角に陣取ったC小隊の面々。一人欠けたその輪の中にジローとリィナは急いで駆け寄った。