『初陣』 その5

 作戦は未だ続いている。
 ネプチューンベースより離脱した敵艦隊への追撃。その中には最重要目標としてユニオン宇宙軍、航宙母艦ドニエプルの撃沈も挙げられている。
 艦隊によるネプチューンベース本体への攻撃も続けられる中、航宙母艦インブリウム、ネクタリス搭載のAM隊による追撃作戦が決行されつつあった。戦闘に参加するのはバサースト部隊二個中隊、そしてバサーストより一世代前のAMに属する同盟軍主力AM『ミアータ』三個中隊とミアータ隊戦隊司令部小隊である。敵残存艦隊の離脱が思いのほか迅速で、ミサイル雷撃艦、および攻撃艇による追撃が間に合わないとの判断からであった。
 今回の戦闘ではその攻撃艇部隊の任務をバサーストが果たす。
 『新世代AM』バサースト。
 機体装備の一部をモジュール化し、戦闘形式によってそれぞれ最適化された装備を選択できる『多目的戦闘AM』。
 これまでのAMは宇宙空間での制宙権獲得戦闘のみを想定した設計が成されていた。しかしバサーストには戦場、戦況、任務に応じて用途別の装備を選択できるフレキシビリティーが与えられている。AMが攻撃艇の役割をも請け負う、そんな芸当をAMに要求する。今回の作戦は正しく『多目的戦闘AM』バサーストの『多目的』たる所以をしめす格好の舞台となるはずだった。

『それにしてもドンくさいな、こんなんじゃ敵さんのいいカモだぜ』ジョセフはなにやら不満げな口調で呟いた。『このでっかい大砲は景気が良いにしてもな・・・・・・』
『大丈夫よ、そのためのミアータ隊の護衛ですもの』
 ニニーが冷静に返す。
『分かっちゃいますけどね。攻撃艇部隊の気分もこれで少しは分かるってもんだよなぁ、ジロー』
「僕ですか?」
 突然話題を振られてジローは口ごもる。
『なぁ、ジロー。さっきまで俺たちは護衛する立場にいたんだ。それがもう、ものの一時間もしない内に立場逆転だ。気持ちの切り替えってモンがなぁ。フレキシブルなシステムってのも考えもんだよなぁ』
『え、ええ。まぁ、そうですよね』
 そう答えながらもジローはあまりそれどころではなかった。
 今、ジロー達バサースト隊は全機、『対艦戦闘装備』を施されていた。具体的には対艦用一五〇ミリレールキャノンを抱えての作戦行動である。
 レールキャノンの全長はおよそ八メートル。バサースト隊は全機、機体よりも丈のある対艦砲を抱えての行動を強いられていた。スラスターユニットも対AM戦闘用のそれとは違う、大型で小回りの効かないものへと換装されている。
 つまるところ、ジローはそれへの適応で精一杯なのであった。
『先行偵察ポッドからの分析映像よ、みんなに送るわね』
 ニニーの言葉と共に、メインディスプレーに像が映し出される。敵逃走艦隊の情報だ。ジローはそれを逐一確認する。事前ブリーフィングにあった情報とは大差ない。差があるとすればそれを証明する敵艦隊が布陣する映像が情報の中に添えられている程度だった。
 ネプチューンベースからの離脱を許した敵艦艇は航宙母艦ドニエプルをはじめとする六隻。戦艦ウランバートルを殿にドニエプルの周囲をマッキンリー級巡航艦マッキンリー、エルバート、ロブソン、レーニア四隻が護衛していた。
 AM部隊からの追撃は逃れられないと悟った敵艦隊は一戦交える覚悟を決めたようだ。こちらに背を向け逃走しながらも、ドニエプルから迎撃のハウンド隊を出撃させ、防御方陣を組もうとしている。・・・・・・そこで映像は途切れた。
『ありゃ、ポッドがやられたか? まぁいい』
 ジョセフが相変わらず緊張感の無い声で呟く。まるでその声を聞いたかのようにゲイリー・メアーズ大尉の通信が入った。
『第一中隊。今の映像は確認したか? 第一攻撃目標は航宙母艦ただ一つだ。護衛の巡航艦群には目もくれるな。他は全部逃がしたって構いやしない、ドニエプルだけは絶対に沈めるぞ』
「了解」
 ジローは小さく呟く。目標はドニエプル。他には目もくれない。そう口の中で繰り返した。 
 長距離侵攻が可能なAM、もしくは攻撃艇を搭載する航宙母艦は戦場で最も大きな脅威だ。同盟艦隊にとって今後最も脅威となるはずの敵航宙母艦を沈め、後顧の憂いを絶つことこそ、この作戦の最大目標であった。
『敵のハウンド隊はさほど多くないのでしょうか・・・・・・』
 ロボスが呟く。
『まぁ、さっきの戦闘から見てもせいぜい二〇機かそこらってところじゃないのか?』
 ジョセフはそう返した。
『ただ、先程の戦闘で出撃してきた数がそのままドニエプルの艦載機数なのかが気になります』
 ロボスは油断ならないといった口調で答える。
『確かに、艦載機を全部繰り出すヒマが無かったってことも考えられるな』
『敵はもっと大勢で迎撃してくるってことですか?』
 ジローは思わず不安を口にする。
『その可能性もあるわな・・・・・・』ジョセフはそれを否定しなかった。『普通の航宙母艦ならどう少なく見積もってもAMを五〇機は搭載できる。それだけ大規模な迎撃を展開してくることも場合によっては有り得るぞ』
『ただ、それも全機AMを搭載していればの話です・・・・・・。攻撃艇を多く搭載してくれていることを祈りましょう』
 ジローはロボスのその言葉にただただ頷くしかなかった。
 その時、
『そんな心配は必要ないわ』
 一同を覆う不安を振り払うかのようにニニーが毅然として口を開く。
『そんな時の為に私達にはミアータ隊がいる。全部で一個戦隊の大部隊よ。ハウンドは全部彼らに任せて私達はドニエプルを叩く。難しいことじゃないはずよ』
 彼女の言う通りだった。先の戦闘で数を減らしたとはいえ、ミアータ隊は未だ七一機の戦力を有している。最悪の方向に転んでも敵は同数。確率的に言えばこちら側が圧倒的に優位にある。
『大丈夫。数で負けることもありえないし、しかも追撃している立場はこちら側。今回の敗走で敵の士気も落ちているはずだわ。私達の優位は揺るがない。そうよ、ね? リィナ?』ニニーは皆に言い聞かせるようにそう言うとリィナに声をかけた。『大丈夫? 元気がないわよ?』
『は、はい!』
 それまで黙りこくっていたリィナが返事を返す。
『あなたには今回コーネフ軍曹と一緒に私のサポートに回ってもらうんだから。……対艦攻撃だから余りサポートの仕事は無いと思うけど。AMが出てきた時は・・・・・・、軍曹と協力してしっかりお願いね』
『わ、わかりました!』
『私は今度の戦闘で誰一人、失うつもりは無いわ。そのためにはみんなの協力が必要よ。みんながんばって。いい? 私達は今勝っているのよ? この勢いにうまく乗って、みんなで戦いきりましょう!』
『りょーかーい!』
 一番最初に威勢良く答えたのはジョセフだった。
 皆、それに続いて『了解』と返す。ジローは思い立ってリィナに個人回線でメールを送った。
『今度も生きて帰ろう』
 返事はすぐに返ってきた。
『もちろん!』
 簡潔な返答にジローは頷き、はるか前方で自分を待ち構えているはずの戦場をしっかりと見据えた。

『ミサイル! 来ます!』
 ロボスが緊張を含んだ声で叫ぶ。
『大丈夫! 大した数じゃないわ。焦らずかわして』
 ニニーが冷静に指示を出す。ジローはメインディスプレーに映し出される敵迎撃ミサイルの弾道を確認する。コリジョンコースの弾頭、三。
 小隊が散開する。三発のうち二発はうまくやり過ごした。しかし残りの一発には検知されてしまった。信管が作動し小隊のど真ん中で爆散する。
 衝撃がC小隊五機に襲い掛かった。ジローの機体も激しく振動し、ジローは頭をしこたまディスプレイの隅に打ち付ける。
『各機被害報告!』
 ニニーが促す。
『クランツ機、異常なーし』
『コーネフ機、異常ありません』
 ジョセフとロボスはさすがに古参だけあり場数を踏んでいるのか、報告も手馴れたものだ。
『サラザン機、大丈夫です』
 少し遅れてリィナも続く。
「いてて・・・・・・」
 ジローはヘルメット越しにぶつけた頭をさする。確認して、だが、痛みは無かった。機体の損傷状況をサブディスプレイで確認する。機体のアイコンはグリーンのままだ。
『イマキ機、大丈夫です』
『よろしい。油断しないで。まだまだくるわよ』
『続いて四発来ます!』
 再びロボスの報告が入る。
『ジロー、おんなじ調子でよけりゃあ良い』
『はい!』
 ジョセフの助言にジローは素直に返事をして返した。