『初陣』 その6

 数度にわたるミサイル攻撃が終わった。幸いC小隊には被害は無かったものの、攻撃隊全体では何機かの被害が出ていた。攻撃のバサースト隊の損害は二機。護衛のミアータ隊は三機の損害を出している。
 だが、この損害はこれからの戦いの口火を切るだけのものでしかない。
 ミサイル迎撃をやり過ごした攻撃部隊に、敵AMによる迎撃戦闘が始まろうとしていた。再びロボスが報告する。
『敵AM隊発見! 一一時の方向、数三六。ハウンドです』
『とうとうおいでなすったな。まぁまぁの数じゃないか』
 ジョセフが小さく呟く。
『ハウンドはミアータ隊に任せて。こちらはこちらの目標のことだけ考えましょう!』
 ニニーがそう言うか言わないかの内に数多のスラスターの青い帯が敵AM隊へ向け突進してゆく。護衛のミアータ隊。数ではこちらが圧倒している。バサースト隊が攻撃を受けることはなさそうだ。
『メアーズだ、第一中隊は敵の直上からの攻撃に入る。全機突入体制!!』
 ゲイリーの指示に中隊が従う。第二中隊と分かれたゲイリー達はスラスターをふかすと一気に機速を上げ、ミアータとハウンド隊の戦闘の上方をやり過ごす。対して第二中隊は中隊から向かって左側の宙域に速度を上げ、部隊を進めた。
 戦況が一気に加速する。
『隊を分けた。変則的な挟み撃ちだな』
 ジョセフが小さく呟く。
『え?』
 ジローが返す。
『敵の防御放火を散らすんだよ。いいからついて来い』
 ハウンドの迎撃をやり過ごし、二手に分かれたバサースト隊が今、まさにユニオン艦隊に襲いかかろうとしていた。ジローの第一中隊は艦隊の上部へと猛進し、もう片方の第二中隊はユニオン艦隊の側面、向かって左手に回り込むべく速度を上げる。
 ユニオン艦隊はこちらに背を向けながらも航宙母艦ドニエプルを中心に巡航艦が前後左右を防備し、殿に戦艦ウランバートルがにらみを効かす。
『艦砲射撃!! くるぞ!!』
 ゲイリーが警告する。ウランバートルの後方主砲塔が一斉に火を噴いた。だがしかし、その攻撃も巨大な航宙艦にならいざ知らず、小回りの効くAMにとっては牽制程度にしかならない。第一中隊は一斉に散会し、陽電子の渦をやり過ごす。渦の衝撃がジローの機体を襲った。激しく振動する機体。スロットルを絞りたくなる衝動に駆られる。
『ジロー! 機速を落とすなよ! 突入のときに蜂の巣にされるぞ!!』
 ジョセフの忠告。敵艦艇群への突撃はスピードが生命線だ。敵の猛烈な防御砲火の中には一秒だって長居したくは無い。そこを如何に早く突き抜け、やり過ごすか。少しでももたつけばあっという間に防御砲火の餌食となる。これから突入しようというこの時に機速を失うことは取り返しのつかない愚かな行為だ。
「ハイ!!」
 ジローは叫ぶように答えた。その間にもバサースト隊はジェネレーター出力一〇〇パーセントの突撃速度で攻撃位置へと向け加速する。
 バサースト隊の動きを見て、敵艦隊も動きを見せる。第一中隊の行動を見て取った戦艦ウランバートルがドニエプルの上方を占位せんと加速、上昇を始める。その間にも立て続けに第一中隊に向け主砲を斉射し、牽制を続ける。
 左手から襲い掛からんとする第二中隊には巡航艦二隻がそれを阻止せんとドニエプル左舷へと移動を始める。まさにスピードの勝負。
『突入する!! ついて来い!!』
 遂に第一中隊はドニエプルの上方を占位した。AM部隊の波が雪崩れ落ちるが如くドニエプルへと殺到する。
『各機、火器管制、対艦レールキャノンモードへ移行!』
 ジローは指示に従い対艦レールキャノンの射撃管制フェイズを立ち上げる。ディスプレーに浮かび上がる照星。その十字の中心に未だ米粒の様なドニエプルを捉える。限界速度での突撃。照星の横に表示されるターゲットからの相対距離はみるみると減ってゆく。
 そしてその相対距離がある数値を切ったその時、敵艦からの猛烈な防御砲火が始まった。
 ドニエプルとウランバートル、そしてマッキンリー級巡航艦からの猛烈な防御砲火。陽電子の熱線、曳光弾やビーム兵器が踊るように束になり、帯になり、突入する中隊を襲う。
 爆風に激しく振動する機体。余りの盛大さに良く当たらないものだと自分で軽く感嘆しながらもジローの手は震えていた。
 今すぐにでも逃げ出してしまいたい。あんな熱線の渦の中へ飛び込むなんて自殺行為だ。スロットルを緩めてしまいたい。
 だが、ここまで来てしまった今、そうすることの方が死に直結することは痛いほど分かっている。あの我々を粉砕しようと待ち構える猛烈な防御砲火の網の中へ自らを投げ入れることこそが生への一番の可能性なのだ。その二律背反は身が引きちぎられるようだ。
 みるみる間に照星のなかのドニエプルが大きくなってゆく。一五〇ミリレールキャノンのトリガーに指を掛ける。レールキャノンの弾数は三発。一回の斉射でそれを全て撃ちきる。突撃はこの一度きり。失敗は許されない。
 目標との距離が縮まる。射撃のタイミングを計る。早すぎれば弾丸は装甲にはじかれ、遅すぎれば自らも敵艦に衝突する。その一瞬の刹那に全てをかけるのだ。火器管制の表示は未だレッドアラート、攻撃距離には遠すぎる。
 直撃弾を受けたバサーストが一機、炎に包まれた。爆散した機体の小破片がジローの機体を襲う。
『早く・・・・・・終わってくれ!!』
 思わず心の中でそう叫んでいた。
 ドニエプルを守らんとウランバートルが間に割って入ろうとする。その瞬間。
「シグナルグリーン!!」
 攻撃開始距離。ドニエプルを捉えた照星の中にウランバートルが割り込もうと・・・・・・。
 ジローはトリガーを引いた。他の機体もほぼ同時だった。各機のレールキャノンが三点バーストで火を噴く。ジローは砲撃の反動に揺れる機体の中からそれを目撃した。
 ドニエプルに覆いかぶさるウランバートル。中隊の各機が放った弾丸はほぼ全弾その巨体に吸い込まれてゆく。ジローの放った弾丸はウランバートルのブリッジを貫いていた。艦首から艦尾に至るまで満遍なく被弾したウランバートルはその巨体を震わせる。そして一瞬の間を置き、艦尾付近で大爆発を起こした。
 ジローは間一髪、爆炎を掻い潜り、防御砲火の海を突き抜ける。
 後ろを顧みる。
 艦尾を紅蓮に染めるウランバートル。その瞬間、誘爆が起こった。艦尾から艦首に掛けて爆発が連鎖する。万力で強引に引きちぎられたかのようにブリッジが宙へ舞い、それを焼き尽くすかのように巨大な火柱が上がる。巨艦はいたるところから灼熱の炎を噴出させ、次の瞬間、凄まじい爆発と共に内側から圧壊した。
 脱出する時間などなかったろう。数千人を道連れにした巨艦の壮絶な最後だった。
『失敗か!』
 ゲイリーの舌打ちが中隊に響いた。
 第二中隊の攻撃も似たような結果に終わっていた。戦場を見返せばマッキンリー級巡航艦が二隻、猛烈な炎に包まれている。ドニエプルをかばったのだ。ドニエプル自体も数発、被弾はしているようだ。あちこちから火の手を上げてはいるがしかし、致命傷までには至っていない。
『クソッタレめ、今回は相手の方が役者が上だったようだな!! 帰投する!!』
 ゲイリーの言葉を裏付けるように航宙母艦ドニエプルは未だ健在だった。しかし、攻撃する術を使い切ってしまったバサースト隊にもはやできることなど無い。第一中隊は帰投するため第二中隊と合流した。
『みんな、大丈夫?』
 ニニーがいたわるように小隊内に語りかける。幸い、全員無事だった。
『よかった・・・・・・』
 ため息にも似た安堵の言葉が終わるか終わらないかのその時、
『直上!! 敵機だ!!』
 ジョセフの通信が小隊に響き渡った。
 ジローが見上げたそこには傷つきながらもこちらへ突進してくるハウンドの機影が、数は六・・・・・・いや七機。ミアータ隊からまんまと逃れたのだ。だがライフルは手にしていない。ハウンド達がその手にしている武器は。
「ヒートスティック!!」
 ジローは叫びにも似た悲鳴を上げた。
 その瞬間、ハウンドの群れがバサースト隊を貫いた。
『キャアアアアッ!!』
 リィナの悲鳴がジローの耳を劈く。と、同時にあちこちで爆発が起きる。何機かが爆散していた。
「リィナ!!」
 ジローはとっさにリィナ機のいた場所へ目をやる。リィナ機がいない、爆発したのは彼女の機ではない。一体彼女は・・・・・・。
 と、下方を錐揉みしながら離れていくリィナ機を発見する。どこかやられたのだ。考えるより先にジローは彼女を追っていた。
「リィナ! 大丈夫か!!」
 錐揉みするリィナ機を必死に捕まえ、機体を立て直す。リィナ機は右脚の膝から先を失っていた。切り取られた断面には黒く焦げた痕、ヒートスティックの仕業だった。
『・・・・・・ジロー』
 弱々しい声に、しかし声が聞けたことにジローはひとまず安堵する。だが敵は安堵する暇すら与えようとはしてくれなかった。
『ジロー! 後ろッ!!』
 リィナが後ろを指さす。はっとしたジローが後ろを向く。もうそこには突進してくるハウンドがヒートスティックを振り上げていた。
 逃げる! いや、間に合わない! そう悟ったジローは思わずリィナ機を強く抱き抱える。襲い来るはずの衝撃に身をこわばらせる。しかし、その瞬間は訪れなかった。
『馬鹿野郎!! ボヤボヤするな!!』
 襲ってきたのはジョセフの叱責だった。
 恐る恐る後ろを振り返れば、そこではハウンドのヒートスティックをこちらもヒートスティックで受け止めるジョセフ機の姿があった。
 二機の間を真っ赤な火花がちりちりと舞う。
『さっさとレールキャノンを放棄しろ! チンタラやってると叩き落とされるぞ!!』
 対AM戦闘が始まっていた。こうなってしまえばレールキャノンなど重いだけの単なる木偶の坊でしかない。
 ジローは言われるがままにバサーストの背丈ほどもあるレールキャノンを捨てた。その瞬間にはジョセフはハウンドのヒートスティックを叩き落し、自分はそれを敵のコクピットに突き立てていた。
『隊に戻れ!!』
 ジローはリィナ機を抱えながらジョセフに従う。ジョセフはハウンドからヒートスティックを引き抜きジローの後を追う。彼の背後でハウンドは爆散した。
『全機、白兵戦に入れ! リィナ、ジロー、大丈夫!?』
 リィナ機とジロー機をニニーは迎え入れる。もう既にその手にはヒートスティックが握られている。白兵戦が始まろうとしていた。
『リィナ、動ける?』
『ハイ。何とか・・・・・・』
 リィナ機はジロー機の腕から離れる。二、三度上下に機体を揺さぶりスラスターの動きを確かめながらリィナは答えた。
『私のそばから離れないで。レールキャノンは捨てなさい。ジロー、あなたはすぐにクランツ曹長のサポートを』
「はいッ!」
 ジョセフはすぐ近くで周辺警戒に目を光らせていた。
「リィナ、気をつけるんだぞ!」
 ジローはリィナ機の肩に手を置きそう残すとジョセフの元へ一目散に向かった。
『ジロー、・・・・・・あなたも!』
 飛び去るジロー機の背中にリィナはそう声を掛けた。