『初陣』 その7

 一瞬の判断が全ての状況を最善から最悪へと叩き落す。レールキャノンの放棄に手間取った部隊は次から次へとハウンドの餌食になっていった。
 ハウンドもハウンドだった。味方の戦艦、巡航艦が沈められ頭に血を上らせたのか、仇討ちとばかりに自らの生還を省みない必死の牙をバサースト隊に向けている。
 当初混乱を極めていた戦場も、だがその中に護衛のミアータ隊が合流するとハウンドは一機、また一機と討ち取られていった。徐々に戦況は落ち着きを取り戻しつつあった。
 ジョセフとジローは最後に突撃をしてきたハウンドを追う。こいつを追い払う頃には戦闘も終わるだろう。ジローは漠然とそんなことを感じていた。自らの攻撃をもはや無益と悟ったのか、追われていたハウンドは戦闘を断念し、機体をユニオン残存艦隊の方角へと翻した。
 深追いはしない。無理に追って追い詰められた鼠に手をかまれてはたまったものではない。二人は機体を翻し、C小隊を探した。
「すっかりはぐれてしまいましたね」
『まぁな、あれだけ滅茶苦茶な白兵戦だ、仕方が無い』
 ジョセフの諦めにも似た口調に軽口は失せ、疲れが滲む。それはジローも同じだった。連戦に自分の神経は擦り切れてしまったのではないかとさえ思う。のどもからからに渇いている。集中力の限界だった。
 辺りには破壊されたAMの残骸がいくつも漂っていた。敵のものが多いが味方のものも少ないとは言えない。それだけユニオンの反撃は必死だったということだ。辛くも背水の陣から免れたドニエプルと巡航艦二隻はもはや星海の彼方へ紛れ込んでしまっている。今回は彼らの勝利と言えるのだろうか?
 ニニーの発するC小隊のビーコンを頼りに二人は仲間達を探り当てようとしていた。
曹長! 発見しました!」
『ああ、どうやらそのようだな』
 二人の視線のその先、損傷を受けたリィナ機とニニーとロボス。三機が宇宙空間を漂っている。こちらを見つけたロボス機は手を振ってよこした。
曹長、無事ですか?』
 ロボスの言葉にジョセフはため息混じりに答える。
『とりあえず、無事だ。そちらサンは隊長がまた一機撃墜だって?』
『はい、ハウンドを一機やっつけました。そちらはどうですか?』
 ロボスは二人を迎え入れようと寄ってくる、途中、宇宙空間を漂う破壊されたハウンドが行く先を遮ったがロボス機は手でそれを押しのける。
『いんや、手ぶらだ。リィナを襲った奴をやっただけだ』
『そうですか、しかし、無事で何よりです』
 その時だった。ロボス機に押しのけられたハウンドが突如動き出した。機体には右腕と左足しか残っていない。しかしまだ戦闘継続の意思を見せ、ロボス機に掴み掛かる。それを見たジョセフはとっさに体当たりを食らわせた。
『畜生! こいつまだ・・・・・・』
 弾き飛ばされたハウンドはしかし、すぐ体勢を立て直すと懐からヒートスティックを取り出した。そして周囲を見回す。手近にいたのは、リィナだった。リィナ機へ襲い掛からんとヒートスティックを振り上げる。リィナ機はそれをかわそうとスラスターに火を入れる。だが、リィナ機には片足が無い。得られるはずの推力が見当違いの方向を志向し機体はあらぬ方向を向いた。ハウンドへ背中を見せる形になる。
 その背中に、ヒートスティックは突き刺さった。
「リィナッ!!」
 ジローの叫びが響き渡る。すぐそばにいたニニーが駆けつけヒートスティックを一閃、ハウンドの胴体を貫いた。更に蹴飛ばされたハウンドは宇宙空間で爆散した。ニニーはリィナ機に突き立てられたスティックを引き抜くとそれを投げ捨てた。
『リィナ! 大丈夫!? 応答して!!』
 半ば叫びにも似た呼びかけだった。
「リィナッ! リィナーッ!!」
 ジローも遅れて駆けつける。リィナの機体をゆすって呼びかけるが返答は無い。帰ってくるのは沈黙だけだった。

 どんな大怪我だっていい、生きてさえいてくれれば・・・・・・。
 物言わぬリィナの機体を抱えてジローはネクタリスに帰投した。だがその願いも、はかないものとなった。
 リィナの機体は電気系統を含めて全ての機能が死んでしまっていた。コクピットのハッチも動かない。非常事態に集結した整備班がハッチを強引にこじ開けたその中に、もう、リィナはいなかった。
 コクピットの中は猛烈な熱に焼き尽くされ、ほぼ原型を留めていなかった。残されていたものは焼け焦げ融けかけた計器類と、そして無重力の中で漂う灰だけだった。
「ひでぇな。一発昇天火葬付きかよ・・・・・・」
 メカニックの一人が小さく呟く。
 ジローは焼け焦げたコクピットの中に浮かぶ灰を見つめてうなだれる。
「うそ・・・・・・だろ?」
 全身の力が抜け落ちていた。目の前の、起きてしまった出来事に頭の中は真っ白になる。ジローは夢遊病者のように力なく、半ば溶解したコクピットに入っていった。中はまだ熱い、靴のゴム底が焼けるような嫌な臭いがした。
 焼き尽くされ、骨組みだけになってしまったシート。ここに彼女が腰掛けていたはずなのに、そこには誰もいない。
 彼女は灰になってしまったのだ。
 それが現実だった。
 目を落とす。融けかけたジョイスティックに光るものが見えた、金属片だ。それを見つめ、手を伸ばす。それはジョイスティックに食い込んだ指輪だった。高熱にあぶられジョイスティックの樹脂に食い込んでいたのだ。ジローはそれをもぎ取り、自分の目の前に浮かべると呆然とそれを見つめ続けた。
「ジロー!!」
 彼を呼ぶ声がした。だがジローは反応しない。
「おい、ジロー!!」
 誰かが彼の肩をつかむ、ジョセフだった。呆然としていた意識が現実に引き戻される。
「おい、大丈夫か?」
 強引にジローを振り向かせジョセフは彼を見つめる。驚いたような表情でジローもジョセフを見つめた。次の瞬間、ジローはリィナの指輪を握り締めジョセフに抱きついていた。
 ジョセフは一瞬驚いたように腰を引いたが身体を震わすジローを見て、彼の背に手を回し強張る声で語りかけた。
「泣きたければ、泣くんだ」
 その言葉にジローの目は見開かれる。そして、堰を切ったように涙があふれ出た。それを契機にジローは声を上げて泣いた。
「ちくしょう! ちくしょうっ!!」
 今まで自分でも上げたことの無いような大声だった。ジローはただ、泣いたのだった。